ラノベ書きしもの日記

ワナビの日記

読書感想『ミモザの告白(八目迷)』※ネタバレ

 ガガガ文庫ラノベミモザの告白を読んだので感想を。ネタバレありです。

 あらすじ:一昔前の日本の片田舎。冴えない高校生の咲馬は文武両道容姿端麗な幼馴染・汐へのコンプレックスを抱えつつも親友として学校生活を過ごしていた。ある日、汐は自身の性別不合を告白し、女子生徒として生きることを宣言する。混乱するクラスメートと同じく、咲馬もまた汐への接し方に惑うが、汐にはさらなる秘密があり……というお話。

 

 創刊当初のガガガ文庫にはとんがった作品を出すというイメージ(というか実際そうだった)があったものの、その後は徐々に青春ラノベライト文芸路線がしっかり開拓されて生き、そのうち大喜利の強い企画こそあれ別段とんがった企画というものは減っていった気がする。しかし本作は久々にラノベとしてはかなり挑戦的な作品で、これが出せるというのはそれだけで結構凄いことなんじゃないかと思う。と思うのもある種の検閲の内面化というか、自主規制の論理な気がしてよくないとも思う。

 

 トランスジェンダー当事者を取り扱うラノベは大変珍しく、特にいわゆる男の娘とかTSものではなく現実のそれを描く先例ラノベ森橋ビンゴの『この恋と、その未来』くらいじゃなかろうか。

 センシティブな題材を描くにおいてきちんと参考文献まで載せており、作者の誠実な姿勢がみえる。私はシスヘテロ中年男性なんで、描かれ方そのものから実態と合っているかどうかは判断できないが、それでもこういった下手すると加害行為になるような作品を描く作家が少なくとも非当事者にもある程度誠実だと思わせてくれる執筆姿勢で作品を作っているのは、希望があると思う。

 主人公が知識のない状態でここから知っていく過程を描く関係上、一人称で描かれる汐への感情には当然無知からくる偏見は入り込んでいるし、描かれるいじめはきっつい。だから当事者が読むにはきつい作品にはなっているのだろうけれど、一方で普通の高校生を描くとなるとこういう描き方にはなってしまうよなあと思う。当事者の周辺を描くとなるとこうなるし、できる限り誠実に描かれている本作を、読者側がきちんと受け取れるかがカギだなあと思うばかり。自分も含めて。

 なんて書くとちょっとかたっ苦しいが、本作は紛れもなくガガガ文庫が築き上げてきた青春ラノベだ。少年少女の普通の恋愛の、その喜びと苦しみの、つまりは青春の物語だ。キャラは愛せるし、萌えるし、推せる。三角関係にはもう一巻のラストの展開がよすぎてもだえること必至だ。

 女性であることを告白した汐が、さらに幼馴染の咲馬が好きだったと告白することで事態が大きく揺れ動く。これは三角関係恋愛ラノベとして王道で、この王道をしっかり面白い形で作れているのが素晴らしい。ラノベである以上、エンタメとして薄いとダメだと思うので。倫理のない男・世良くんとか、非常にラノベっぽくて、この塩梅もとてもいいと思う。好きな相手にどう思われるか怖くて、好かれた側は好意をどう抱えるか迷って、そのバランスでみんな懊悩する。そんな様こそ青春恋愛ラノベの定番だが、本作はまさにそれをばっちりやりきっている。ほんと面白い。汐の属性をしっかりと描きつつ、それを三角関係ラノベの構造に載せきれているこの作者の腕の良さよ。

 ハイコンセプト映画が社会問題を扱えるのと同様にライトノベルでも社会と接続した要素を描きながらライトノベル性を損なわなずにエンタメ小説をやれるのだというこの本の存在自体がとてもうれしい。