ラノベ書きしもの日記

ワナビの日記

理念は死なない 映画感想『SISU シス 不死身の男』※ネタバレ

配信でSISUを観たので感想を。

主演はヨルマ・トンミラ、監督・脚本はヤルマリ・ヘランダー

あらすじ:1944年、ナチスによる焦土作戦で焼き尽くされるフィンランド。金塊を掘り当てた老兵アアタミは愛犬ウッコとともに旅に出る。だがナチスの戦車隊と遭遇したアアタミは、彼らに命と金塊を狙われ追われることになってしまう。アアタミを追うのはナチスの戦車、武装した兵士、そして行く手を阻む地雷原。対するアアタミは味方無し、武器はツルハシ一本のみ。だが、アアタミにはフィンランド最強の特殊部隊で培った殺人技術と、不撓不屈の精神“SISU”があった。

伝説的軍人である不死身の男が金塊争奪戦に巻き込まれて殺しあい、というゴールデンカムイみたいな筋書き(別にゴールデンカムイがオリジンな設定ではない)。そのせいか公開当時、実写版ゴールデンカムイの予告編を腐すために本作を使う不届きものを何人か見かけた。

本作は最強の老兵が悪いナチスを皆殺しにしていくというあらすじから想像できる通りの物語だが、それがしっかりと高水準で作られており、さらに86分という上映時間からわかるとおりシャープで無駄がない作りになっている。殺人シーンには工夫もたくさんある。爽快で飽きない。小さめのマッドマックス怒りのデスロードみたいな、いいジャンル映画。

 

本作はソ連軍に家族を殺され復讐の鬼と化し、自国の軍にすら持て余されて『一人暗殺部隊』としてソ連から『不死身』と呼ばれ恐れられた最強の老兵が主人公。

このアアタミの造形がいい。彼が全然喋らない。家族を失い殺意の権化になった男。決して敵を許さず、倒れず、進み続ける不撓不屈のSISUの魂。次々とナチスを殺していく殺人マシーンかと思いきや、ナチに焼かれた街並みを前にその顔は苦悶に満ちる。彼は復讐鬼であると同時に、戦争で奪われる命に血を流す心は失っていない。金塊すら、中尉が手向けに渡したら衝動的に破棄してしまう(あとで拾うけど)。

言葉を使わない彼の姿は、戦争を憎み戦争に倒れない反骨の理念そのものだ。人は死ぬかもしれないが、理念は死なないとVフォー・ヴェンデッタで言っていた。それを証明するように、言葉なしで彼は囚われた女たちに力と闘志を授ける。

 

フィンランドの地でナチ兵たちが主人公を追い続ける動機付けが面白い。戦車隊をブルーノ・ヘルドルフ中尉はドイツ敗戦により帰国後に自分たちがたどることになるだろう未来を読んで、主人公の持つ金塊を欲する。この動機付けによって彼らもまた不退転の立場であることがわかるし、同情の余地がないこともわかるし、普通に金を追いかけるだけの動機付けより深みもでる。いいアイデアだなあと思う。

ばんばん人を使い捨てる中尉の非情さはいかにも悪党って感じでいい。ところどころ現れる非情さに対する部下たちのリアクションや、終盤でバイクを置いて逃げる彼ら、「死んでないなら操縦しろ!」など、ユーモアもある。

アクションの工夫はバリエーションが多く素晴らしい。特に水中でナチ兵の喉を裂いて漏れた空気を吸うというどうかしているシーンは衝撃的だった。

終始楽しいいい映画だった。もう一人くらい強敵がいてもよかったのになとは思う。