ラノベ書きしもの日記

ワナビの日記

悲しみを掴みとるまで 映画感想『アイアンクロー』※ネタバレ

 アイアンクローを観たので感想を。結末までネタバレありです。最高の映画でした。今年暫定一位。あんまり映画観てないけれど。

 

 父の抑圧で自分自身の悲しみすら分厚い筋肉の奥にしまいこんでしまった男が、またの不幸の先でついに悲しみを掴み取って自分の持っていた優しさや家族愛を取り戻す物語。

 

 

 1960~70年代のプロレス史にその名を刻むレスラー、“鉄の爪”フリッツ・フォン・エリック。レスラーとして引退した後もフリッツはプロモーターとしてプロレス団体を運営し、自分の息子たちを鍛えてレスラーとして売り出していく。息子たちは全員がレスラーになり脚光を浴びるが、しかし次々と彼らに不幸が訪れる。本作はエリック家に立ちはだかる数多の不幸を、次男ケビンの視点で追いかけていく。

 

 全ての不幸の背景には家長フリッツがおり、強権的でスパルタなフリッツからのプレッシャーが家族を不幸へ導いていく。冒頭、歯を食いしばって敵を踏みつけるフリッツ、貧しい生活にもかかわらずキャデラックをレンタルするフリッツ、ただ神に祈る妻ドリス。そして時が経ち家族写真⇒キリスト⇒銃のコレクション⇒トロフィーのコレクションと連続した後にケビンたちが映り、この映画全体を覆いつくすマチズモと信仰という人間を追い詰める毒の姿が示唆される。また、ケビン達兄弟が何かを楽しめば、その次のカットではフリッツが現れ映画全体を覆いつくす。

 さらには強権的な父によって強引にレスラー人生を歩まされた息子たちが頼っても、父母は「兄弟で決めろ」と取り合わない。すさまじい毒親っぷりだ。

 この映画は宣伝からも見えるとおり有害な男らしさについての映画だ。

 父からはどれだけ歓声を浴びても世界王座を取れといわれ続け、兄弟はランキング付けされ、家族が死んでも「涙を見せるな」と悲しみを表に出すことも許されない。ひたすらに栄光を掴み取ることを求められる。

 悲しみを封じられ、自分の人生を決定された兄弟たちは、あるものは夢を奪われ、あるものは命を捨ててリングに立ち続け、最後には死が訪れる。

 主人公のケビンは家族思いだが、父の抑圧によって感情を表に出せず、兄弟を助けることができない。父から植え付けられた抑圧と無力感のせいで、幼い子供を抱えた妻の傍にいることすらできず、ショービジネスと父の影響である不幸を運命のせいにして追い詰められる姿は、まさにマチズモに踏みにじられた人間の姿だった。自分自身の悲しみすら分厚い筋肉の奥底に閉じ込めて、哀しみを湛えた瞳で不幸を一人観測し続ける姿がザック・エフロンの素晴らしい演技で表現されている。

 フリッツの影響下にいない妻パムの支えと、全ての弟の死によってケビンはついに最後には父から受け継いだプロレス団体を売却しレスラーを辞め、家族と生きることになる。この姿が泣ける。父の抑圧、ショービジネスの熱、自分を縛る全てから解放された彼がようやくつかみ取ることができたのは、奪われ続けた涙だ。悲しみをつかみ取ったことで、ケビンはようやく自分が持つ家族への愛情も手に入れることができる。素晴らしいラストシーンだった。

 

 また、本作はプロレスシーンの出来もいい。

 役者陣の鍛え上げられた肉体はまさにレスラーのそれで、分厚い筋肉とその躍動感が本作の栄光と不幸の陰影をより強化している。レスラーのチャボ・ゲレロ・ジュニアがプロレス指導と監修を行い、同じくレスラーのMJFがエグゼクティブプロデューサーを務め、そして俳優陣が見事にそれに応えた結果、俳優がレスラーを演じた映画としては信じられないほどのリアルなプロレスになっている。一人のプロレスファンとして、このプロレスシーンには感動。

 

 本作を観るだけでもフリッツ家の不幸はとんでもないが、映画には出ていないが若くして自殺した六男がいたり、兄弟には離婚や子供との死別があったりと、史実としての彼らにはさらに多くの苦難があったことを考えると現実の重さにより一層落ち込む。

 

 ちなみにラストでケビンはプロレス業界を去ったが、彼の息子二人は後にプロレスラーになって日本の団体プロレスリング・ノアに出場している。

 

 プロレス題材の映画が今後もうまれるとしたら、いつかHHH視点でのWWE史とか、HHHが辞めたあとに映画にしてほしい。

 素晴らしい映画でした。プロレスファン以外も絶対観よう。