ラノベ書きしもの日記

ワナビの日記

ソシオパスなファム・ファタル萌えなのかこの作家 読書感想『アリスが語らないことは(ピーター・スワンソン)』※ネタバレあり

 ピーター・スワンソン著『アリスの語らないことは』を読んだので感想を。創元推理文庫から。

 原題は「All the beautiful lies」全ての美しい嘘、だそうです。原題のが作品に合っているような、邦題の方が物語の芯の部分をぼかして想像を働かせるような、どちらがいいとも言い難い。一つ確実なのは、スワンソンを日本で売るためのブランディングとして、原題を無視する邦題の付け方をしているのは確実だと思う。しかしシリーズものでもないのにそんなことをするのは、作者を無視した作品への味付けな気がしてなんとも。いや、そんなことはザラにやられていることなのだけれど、なんかスワンソンの邦題の付け方って、「こういうの洒落てて好きでしょ皆さん」感がきついというか、ちょっと古いマーケティングブランディングの臭いが鼻につく。

 古い映画だけど、『あるいは裏切りという名の犬』『やがて復讐という名の雨』『いずれは絶望という名の闇』みたいな。これは原題で統一感のある命名をしているし、テーマ的な連続性はあるけれど(それでもなんかなーと思ったもんだが)、スワンソンはそうではないよね? なんか訳が作品を乗っ取っているみたいでいやだなあ。

 

 本題に入る。以下、結末までネタバレあり。ネタバレ知らないで読んだ方が絶対にいいので、未読の方は読みましょう。面白いから。

 

 

 

 主人公は男子大学生のハリー。ハリーのもとに父の訃報が届く。実家に戻った彼は、父の死が事故ではない可能性を知らされる。ハリーは父と暮らしていた継母アリスの態度に違和感を覚える。アリスは何を隠しているのか。という話。

 既読の「そしてミランダを殺す」と同じく、謎の怪しすぎる美女がいて、ある事件があり、その進行と並行して女の過去が語られるという構造。ミランダと同じ構造なので新鮮味はないのだが、それでも面白い。緻密に設計された情報の出し方が、常にサスペンスをキープし、ページをめくるごとに新しい驚きを届けてくれる。サスペンドする、つまり宙づりの状況こそサスペンスであり、そういった意味で、この構造設計と情報の出しどころの巧さ、そしてそれを作り出すための必要十分なキャラクターの配置と、一冊の作りこみに惚れ惚れする。

 メインヴィランのアリスはミランダと同じく、社会倫理や法を無視して自分の行動こそ正当化する人物で、そして周囲の男が人生を狂わせてもよいと思うようなファム・ファタル。いくつもあるスワンソン作品でミランダとこれしか読んでいないのだが、それでも同じ構造でこういう女性を選ぶあたり、この作家はソシオパス美女萌えなんじゃないか。ただし、どちらも最後は破滅するのだが。

 ミランダと比べると変態性高めで登場人物が生々しくキモイ。

 この物語は搾取の連鎖と若さへの渇望、そして自分を塗り替えるほどの自己弁護の嘘で出来ている。アリスの父・ジェイクは若い女性に性欲を向け、若い女性にものを教えセックスを教えることを求める。年寄の支配欲求の結晶のような人なのだが、自分のことを悪いとは思っていなくて、むしろ自然な愛だと思っている。彼のその嗜好は確実に幼少期に近所のおばさんに犯されたゆえだが、ジェイクが愛した美少女はもっといかれていた。ジェイクはアリスを手に入れるためにアリスの母と結婚し、最後はアリスの母を殺す。そしてアリスは疎んでいた母が消えたことでジェイクと幸せな暮らしを送ることになるのだが……。というところで描かれるアリスの異常性が素晴らしい。

 何か罪を犯すたびに、仕方がなかったと自分を納得させ、ついには過去すら都合よく塗り替えて忘れてしまう究極の自己欺瞞、自己愛の持ち主で、最後の最後まで彼女が自分の罪を認めることはない。ずっと自分は虐げられていると思い続けていて、自分は愛されるはずだと思い続けている。それは彼女が孤独な家庭環境にあったから、と同情しそうになるが、それも否定しているのがこの物語の巧いところだと思う。若いころはジェイクが全てを捧げていたアリスもその若さを失い、自分が受けた搾取を向ける先を探すようになる。非常にキモイ。おぞましい計画で美しい青年ハリーを犯すことに成功したアリスだが、その計画は失敗する。ここがこの物語の冷たく倫理的で、そして作中語られるミステリー小説の持つ一つの姿、すなわち「混沌とした秩序があり、それが回復する、または回復できない」を表していると思う。

 アリスと同じく孤独を受け、そして禁断の愛の誘惑に引き寄せられる素養があるハリーが、最後はアリスにはならずに脱出する。それはなぜか、というところが本作の秩序だと思う。探偵不在の本作だが、能動的にハリーが動くことで彼を絡めとる魔性の蜘蛛の巣は振り払われる。

 そして最後はアリスの前に、彼女が殺した少女の母が訪れ、彼女は死ぬ。このカタルシスも素晴らしい。若さを求め、欺瞞で塗りかため、搾取を次へ伝えようとしてきたアリスが、死を前にして全ての制約を捨てた母に殺される因果な結末がクールだ。若さしか持たず、そして若さしか求めることができないアリスが、死を前にしても衰えない消えない愛を持った母に敗北する。そして愛を受けて育ったハリーは、その死を予感しながら日常に変えることができる。秩序が取り戻される計算されたラストだし、そのラストに至ってしまう悲哀もまた胸を突き刺す。

 もう一つ本作のユニークなところは、作中の殺人はアリスが犯した犯罪ではない点だ。ハリーの父、父の浮気相手、と殺人を続けた物語の謎の正体は、ジェイク。それも彼はアリスの意を勝手に汲んで殺人に及んでいる。その暴走はアリスの想定外な部分もあって、つまりアリスも本作においては振り回されている側である。ここが面白くて、アリスも全てを把握できていないので、サスペンスにありがちな「こいつ犯人だとしたら都合よすぎないか?」みたいなところが減らせる。彼女が知らないこと、語らないことには、本当にそうであるものが混ざっていて、これが作者による情報の開示と相まって読者に全ての真相をなかなか見せない効果が出ている。

 とことん巧い作家だなと思う。他の作品もどんどん読むぞ。