ラノベ書きしもの日記

ワナビの日記

なんて幸せな映画なんだ 映画感想『メタモルフォーゼの縁側』

 映画『メタモルフォーゼの縁側』を観たので感想を。

 

 75歳の老婦人・雪は書店で見かけた漫画の表紙を気に入って購入。その本がBL漫画だったことからBLにハマった雪は、書店で働くBL好きの高校生・うららにおすすめのBL本を訪ねたことをきっかけに交流を深めていく。

 って話。

 

 好きなモノを通じて立場の違う二人が交流を深め、互いに抱えていた孤独や鬱屈が解消されて前へ進んでいく。という様が美しい傑作。

 何が素晴らしいって、一番素晴らしいのは芦田愛菜さんの演技。母子家庭母を気遣い、友人も少なく、一番好きな趣味を話す相手もいない。死にはしないけれど当人にとっては世界に常に何か傷が見えてしまうような孤独を抱える姿を生き生きと演じている。とにかく一つ一つの所作が、漫画の映画化にありがちなクドイ芝居ではなく、丁寧なのが素晴らしい。BL漫画を入れた箱を蟹股でそっと隠そうとするところとか、ちょっと雑な所作が自然で、うららというキャラをシナリオ以上に愛らしいものにしている。こんなに芝居が上手い人だとは知らなかった。

 うららと雪の初期のやり取りがリアル。ハマったばかりのBLについて話したすぎてはしゃいで凹む雪さんは、一人で活動してきたファンが初めて同好の士に会えたときのあるあるだし、オススメを聞かれ頭を抱えるうららの姿もあるあるだと思う。BLを題材にしつつ、好きなモノでつながる人々という普遍性があり、しかしBLという独特なポジションのジャンルであることが物語にも生きている。

 あと生活感の出方がリアル。雪さんがカレールー刻むところとか、昔のルーは溶け残りが多かったから丁寧な人は刻んでいた。河村にお菓子出す時の雑な感じとか。雪さんの家のふすまにちょっと穴が空いていたり。あとうららの私服ね。なんというかそんな感じで、すごく丁寧な映画だ。

 クラスのトップ女子がBLにハマって向こうが「BL詳しい?」って聞いてきても知らないフリしちゃうとことかもリアルで、「オタクが自分と同じ趣味のリア充を嫌う」という部分と、少女のコンプレックスが刺激される二面が合わさって、とっても生々しい若々しい痛みが見える。

 あとリア充サイドの河村(高橋恭平)&橋本(汐谷友希)が別に嫌なやつでもないってのも巧くて、相手が嫌なやつだから辛いのではなく、自分で自分をどう感じるかが自分を苦しめているという、思春期! って感じの描き方に生きている。雪とうららが衝突する構造にしないとこも同じく良い。

 前知識なしに観たので、二次創作BLやって作者に届く物語かと思ったら、いきなりオリジナルストーリーでそこのところはビックリ。

 雪さん、75歳でふらっと手にしたことのないジャンルの漫画を読んでみる軽妙さのある好人物。75って竹宮恵子先生より年上か。凄いな。歳をとるにつれ、自分がどんどん偏屈なオタクになっているような疑いがあり、雪さんの軽やかさは羨ましい。当たり前だけど抜群の芝居の巧さでラストのサイン会なんてもうね、本当にささやかな、でも個人にとってはあまりにも大きなことが起きた様がね、泣けちゃうよね。

 しかし本当に幸せな物語である。友人との出会いが世界を躍動させる。そしてファン同士の繋がりがファンたちを生かして、彼らの輝きが作り手まで照らす。幸せな物語だ。

 なお、高校生で他人の部屋にふらっと入っていく河村はギルティ。思春期の人間の部屋には事前申請なしに入ってはならない。たとえもしも同性であってもな。