ラノベ書きしもの日記

ワナビの日記

メイヘムが世界を壊してくれなかった時代に贈る惨事 小説感想『インヴェンション・オブ・サウンド(チャック・パラニューク)』

 ファイトクラブのパラニュークの小説。翻訳が出るのは久々らしい。私はファイト・クラブしか読んだことのない典型的なにわか。

 すげー小説だった。みんな読もう。以下、結末を含めたネタバレあり。

 

 ハリウッド映画で使用する悲鳴を作成するため、秘密裏に拷問と殺人を行う音響効果技師ミッツィ。娘が行方不明になって以降、崩壊する精神をダークウェブで見つけた児童への暴行映像で見つけた児童性愛者への憎悪で保ってきた父・ゲイツ。二人の主人公の間を短く行き来する映画的な構成と、ひきしまった文体で描く三人称の語り口は、二人の主人公も彼らをとりまく世界も諦めたように冷たい。

 『とある壮大な計画』によって代々映画の音響のために殺人を続けている家系、どれだけの人員がいれば可能なのか想像もできない壮大な計画で心が壊れた父親を導いてハリウッドを崩壊させる大規模殺人を成し遂げた秘密結社、と荒唐無稽に思える大風呂敷が冷たい悲惨な物語で語られる様は、人によってはなんだそりゃとなるのかもしれないけれど、陰謀論がこれだけの強度を持って現実に破壊をもたらす時代に、こんな大風呂敷すら事実には勝てない。プロットも練られており、エンタメ小説としての強度も高く、素晴らしい完成度の一作。

 911テロでそれまでのエンタメは終わった、というのは様々なクリエイターが言っていることで、そこを境に物語が持つリアリティは一度崩壊したという。本作の途中で起こる、大規模破壊によってハリウッドがリセットされる様は明らかにそれを意識している。ファイトクラブの小説が96年、そして映画が99年、911テロは2001年、そこを境に世界は変容した。本物の暴力を前に人々は暴力の悲惨さを知って娯楽の暴力がバカバカしくなる、かといえばそんなことはなくて、目の当たりにしたもの以上を求めるようになって、映画の暴力や破壊は進化した。リセットは改善ではなく、より破壊的な悪意を持っていく。本作の最後でも、悲惨な悲劇を持ってある決着をつけた男女の間で、暴力は継承されていく。

 かつてメイヘムが世界を縛る、我々を縛る、そんな何者かの実情を白日のもとにさらし、変革をもたらすのではないかと信じられる時代があった。でも実態は違った。テロが世界をひっくり返すことはなかったし、それによってハリウッド映画が暴力を娯楽とすることをやめることもない。私も、あの時点を経て未だ平然とそれを消費している。たかが映画と願い続けそれ以上先を見ないように生きている。

 テロがあり、そして20年代までにインターネットが広がった。誰もが誰もの人生を消費し、目の前の物語を都合よく信じ、そして時には消費された人間は消費されきって消えていく。そして僕らはそのまま次の何かを消費していく。

 メイヘムは訪れた、しかし、それは世界を壊すことはなく、騒乱のまま人間を破壊しながら続いていくだけだった。その敗北が、そのままこの物語だと思う。ファイトクラブは自分と自分で一人の女性を取り合う奇想天外の恋愛において、主人公は勝利する。しかし本作はもうまったくそんなことはなく、消費されつくし消費する側に自覚的に立って終わる。これを一つの、ある種爽快感のある結末に思える人もいるのだろうけれど、騒乱が全てをひっくり返すことが願えた時代が終わり、大枠が変わらないままどちらかに立つしかないことは、絶望でしかないと思う。ゲイツを覆う世界の枠は壊れ、世界の底は抜けて、それでも自分を縛る世界の端はとうてい見えず、その中で生きる方法が消費し続けるしかないのだとして、それはあんまりにも絶望ではないか。

 そんな悲惨な物語であり、一冊の大惨事であり、この小説が徹底的に映画のような娯楽性を持った高い構成力で作られている構造そのものが、一つの暴力として読者のむなぐらをつかむ。そんな圧倒的な小説。

 ちょうどジャニーズ問題が連日取り上げられる中で読むとまた来るものがあるというか。誰かの悲鳴を封じて作られた産業があり、それを作るものたちは誰もが問題を認識しながら目をそらし、消費者もそれを察しながら消費し続ける。明らかになってもひっくりかえることはなく世界は続く。パラニュークは社会を真っすぐにみている。荒唐無稽に見える物語は、荒唐無稽な状態で平静を装う狂った世界を鏡で映せばそうなるというだけなのだ。

 終盤、ミッツィとゲイツがそれぞれ大量の音源を聞いては消去するシーンなんて明確な消費のアイロニーで、痺れる。互いが互いにとって本当に必要なものを見つけては無価値として消していく。全くお互いのための行動はとらない。二人が重なるのが唯一あんな無残なシーンだというのが、本当に救いがない。作家の冷たい、しかし深くまで見通す視線がそこにある。