ラノベ書きしもの日記

ワナビの日記

しっかりしたシナリオと演技だが冗長に思う。 映画感想『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』

 岸辺露伴 ルーヴルへ行くを観ました。以下、ネタバレ込みの感想です。

 

 天才漫画家・岸辺露伴は取材中に一作の絵画に興味を持つ。キャンバスを黒塗りにしたその作品をオークションで競り落とした露伴は、競り合った謎の男たちに襲撃される。露伴がその絵を求めた理由は、少年時代にある人物から聞かされた謎の絵画「この世で最も黒く、邪悪な絵」の記憶に関連していた。全ての真実を求め、露伴ルーヴル美術館へ飛ぶ。

 という作品。

 

 TVドラマ版でよかったところは映画でも損なわれず変わらず良い。音楽、画面作り、ホラー演出、そして高橋一生&飯豊まりえのメイン二人の芝居は相変わらず素晴らしい。

 今回のメインキャラである、露伴の幼いころに出会った謎の美女を演じる木村文乃も素晴らしい。中高年の考える「感傷的な眼差しを向けられる少年の日のモラトリアムの存在する憧憬としての美女」像の擬人化みたいな存在感が凄い(悪く言っているように読めたら誤解で、おじさんオタクの妄想通りですげえって意味で書いてます)。そのビジュアルの説得力を際立たせるためなのか、たぶんベースメイクを目立たないようにして眉だけくっきり黒くしていたんじゃないかと思う。わりと細部が雑な邦画が目立つ中で、ちゃんとしている。

 怪異演出も素晴らしくて、「絵を見た人間の後悔を写し、過去の罪によって殺す」という「この世で最も黒い絵」の演出が大変不気味でいい。絵のあるところに現れる蜘蛛の描写が不気味だし、いざ絵が登場すると暗い倉庫の中に黒い影が浮かぶ場所がある、という「見えないがそこに何かがある」という光を写さない暗黒の描写がいい。一方でその絵の正体が明かされて絵が見えるとちょっとがっかりというのはあった。

 と、まあ全体的に楽しんだのだが、全体的に冗長とは思った。

 中盤の露伴の過去は長すぎだと思う。ゆったりとした夏の空気感と、映画が間延びすることは違うのでは。これが高橋一生が演じる露伴だったら観れただろうけれど、たどたどしい少年露伴の芝居にはあのながーい間を退屈しないパワーはなかった。

 また、妙に説明的で、絵を倒し露伴が生還したあとある場所に行き、少年時代に出会った謎の女性と出会う。絵の能力と、露伴の過去を振り返り、露伴も絵と自分の間にある因縁を悟る。ここで終わればよかったのにと思うのだけれど、なぜかここから過去編が始まり絵の生まれる要因が語られる。ここが長くて、まぎれもない蛇足に思う。

 だってここまで観たら絵が露伴の血族に関連することは明確で、謎の女が絵のモデルであることは明確で、絵師(山村仁左右衛門)には妻がいたこともわかっており、絵師が露伴を襲う=露伴の先祖は絵師に後悔があることが示された上にそのシーンで謎の女が登場している。ということは女は露伴の先祖で、彼女はあの絵に縛られて露伴の前にいたことは答え合わせがされているわけだ。その上に、絵から解放された彼女が露伴のもとに訪れて礼を言っているのでもう全部わかっている。

 となると過去回想シーンは意外性ゼロの怪物のオリジンで、かなり蛇足に思う。「嫁ぐ前の姓は岸辺」というネタバレが過去回想と近いタイミングでされることで蛇足感が強まっていると思う。最後に漫画拾ったところでモノローグとかでもよかったんじゃなかろうか。

 ただ一つだけ、山村仁左右衛門が妻の髪を描いた絵に納得いかなかったのは、たぶん愛ゆえで、彼からは愛する人の髪がこの世ならざる美しさに見えていたってことなんじゃないかと思っていて、そこんところは大変好みである。

 しかしあの木の前で露伴と彼女が出会い語り合った時点で、あの少年時代はすべて清算されて十分、この物語をしめくくれたのになという気持ちは消えない。作中で露伴が「巨乳キャラを出さないと売れないと思っている馬鹿な編集」というのだが、本作は「全部説明しないと観客は理解できないと思っているプロデューサーか監督」がいたんじゃないかと思う。それはより大きな観客を楽しませるためであって、バカだからそうしたなんて全く思わないけれど。

 中盤のゆったり感と、後半の説明多すぎで全体的に退屈に思った。

 あと残念だったのは、現地のキュレーターが息子が死んだ後悔を発露する場面でめっちゃ流暢に日本語話すところ。それならパリ育ちって設定にしなきゃいいのに。そしてルーヴルはそんなに映らないという点も。あとこれは仕方ないかもしれないが消防士二人の芝居が大根だと思う。東洋美術鑑定士の彼も芝居がなんか大仰で、彼だけ日本のテレビドラマって感じの芝居だった。

 好きなところあり、なんだかななところありの一作。