ラノベ書きしもの日記

ワナビの日記

連綿と続く搾取のシステム、その名は宗教 読書感想『信仰が人を殺すとき(著:ジョン・クラカワー 訳:佐宗鈴夫)』

 1980年代のアメリカで起きたモルモン教徒による殺人事件への取材を通して、モルモン教の歴史やモルモン教徒が起こした事件、そしてその背景にどれほど深刻にその教えが影響しているかを書き綴ったノンフィクション。

 

 文体や語り口は冷静で淡々と、黙々と記述されている。犯罪や社会問題のルポではあるが、筆者の熱量ある告発といった色合いは薄い。でもそれが重要で、頭のおかしい宗教を非難するという構図だと、宗教対立的な構図になってしまいかねない。何より宗教が持つ醜悪さやそれが起こす搾取の歴史・血まみれの歴史、そしてその教えの途方もないバカバカしさを明らかにするには、ただ事実や歴史、教会が明らかにしている事柄を羅列するだけで事足りる。

 宗教は精神異常でも突飛な人間の暴走でもなく、私利私欲、とみに支配欲求によって構築されて、宗教組織とはつまりは政治システム・経済システムであり、では信仰とは何かといえばその体制を成立させるためのツールだ。信じるものと信じないものの間に明確な線を引き、人に救いを信じさせ、その副産物として法や倫理を越えた加害を発生させる。

 アメリカの田舎にある住人がほぼモルモンの都市では一夫多妻が進み、最初の妻と籍を入れると他の妻は子供ができ次第シングルマザーとして生活保護を受けて金を集める。とんでもねえ出生率のその都市には膨大な税金が投入されている。そしてその都市を統括するモルモン原理主義教会の指導者は元税理士である。

 みたいなエピソードが次々でてきてクラックラする。

 

 胸糞の悪い事件の背景にもっと胸糞悪い宗教があり、しかもそれはモルモン教だけではなく基本的に宗教ってそういうもんである。宗教だけでなく、当然、支配欲によって構築される組織はそうなるもんで、醜悪なものはそこかしこにある。

 

 と同時に、淡々と描かれるからこそ、アホかと思うようなエピソードがでてきて笑えてしまえたりもする。例えば金でできた聖書を発掘したら、都合よくそれを翻訳するための眼鏡がついてくるとか。モルモン経を書いたから出版したいが19世紀だと印刷機も高い、となったとき創設者である予言者ジョセフのもとにお告げが下り「印刷代を払え!」とパトロンに神託による強請りが発生したり。ジョセフが一夫多妻制をエンジョイするも最初の妻が10代の少女をガンガン娶る夫にブチ切れて困ったとたんに、神から「男は妻をいっぱい集めてOK、女はダメ」と神託が下るとか。

 これは例えばイエスの逸話とかだとそうは思いにくいので、ある種の権威性が宗教嫌いの私でも持ってしまっているのだと思う。

 

 1800年代半ばから始まったことで非常に歴史が整理しやすく、宗教の設立から軌道に乗って以降の教えの変化や分派の発生などがわかりやすくまとまっており宗教というシステムの動きがとてもよくわかる。また、宗教なんてろくでもないし、「信じることで救われた人もいる」というエクスキューズの欺瞞性もよくわかる。

 

 モルモン教を抜けたある男の台詞が最高だったのでそれを引用してまとまりのない感想を〆る。

 「だが、人生には、幸せよりも大事なことがあります。たとえば、自分で自由にものを考えることです」