ラノベ書きしもの日記

ワナビの日記

愛が幸いを運ぶとは限らない ドラマ感想『最愛』

・最愛

 話題になってたドラマ。面白い。

 タイトルの通り、最愛のもののために動く人々の偶像劇スタイルで、だれがだれを愛し愛のためにどう行動したかが物語をひっぱっていく。真犯人は誰かって謎解きのフックはとうぜん面白いのだが、ここのところの各キャラの愛情と行動の結果が絡み合うシナリオが本当に巧みな構造ですげえいい。

 誰もが愛するもののために生き、行動し、献身する。それが幸せかといえば、そうとも限らない。康介の父・昭は息子が陸上部を大麻で汚染し、薬物で女性を暴行した罪を認めず、死んだ息子を探し続ける。独自捜査して犯人を見つけ出すさまは陰謀論者で、最後まで「なんで息子が殺されるんだ」と問い続ける。吐き気を催す邪悪とそれを育てたいかれた親で、彼らの邪悪さがこの物語を最悪の方向へ進ませ続けるのだが、この父の行動もまた愛だ。愛が人を盲目にして、誰がどう考えても最悪の悪事であるあれらすら見えなくしている。

 本作では愛は徹底した献身として描かれる。そして一方的なものとして描かれる。父の愛は息子には届いていないだろうし、父はその愛だけを見て周囲を見ない。息子の行為で一生の傷を負った人々を同情することはないし、謝罪もしない。

 「一番大切なものだけに注がれ、そのために他を捨てることを厭わない」という最愛という感情が、人を狂わせ罪に導く、憎悪を使わずにきっつい物語を作る手腕がとてもすごい。愛は見返りを求めず、己の全てを相手に捧げる。それを徹底的に描くと狂気も残忍も純真も絆も全て描くことになる。無私の愛が持つ残忍な側面、そしてもう一つとして傷ついた人間はその傷を抱えて生きるしかない。その二つがこの物語に通底していて、その残酷さがあらゆる場面で物語に現れる。つらい。

 ド頭に吐き気を催す邪悪を出しておいて、それ以降の様々な悪事や加害やら何やらは、悪意のある人間でなくてもここまでやってしまうという邪悪さとは別の人間の脆さと怖さが見えてくる。人間の多面な描き方だなあと感心しきり。親子二代の邪悪なくそったれのせいであまりに多くの人が人生を狂わされる様は、ともすれば露悪的で、人の不幸を楽しむエクスプロイテーション趣味の安っぽいものになるのだが、この作品は見事にそこんところを回避している。物語をようやくすると人の人生めちゃくちゃにした頭のおかしい自分勝手な男二人が死んでもなお他人の人生ぐちゃぐちゃにするって胸糞悪い話なので、感動する愛の果てみたいな感想は違和感がある。これって加害者の一瞬は人間を永遠に狂わせ続けるって話でしょ?

 真犯人については、作中怪しい人物として出てくる人間があからさまに怪しすぎて、一方で一人だけあからさまにいい人すぎる人がいて、となりゃ犯人はその人一択だろうとわかりやすい。しかし本作は別に真犯人が誰かというフーダニットではなく、ホワイの方が重心を置いた物語だし、それを中心に起きつつ個々のキャラが「何を愛するのか」で大きなうねりが物語に生まれているのでそれこそが魅力だと思う。

 間違いなく傑作。

 

 以下、各キャラの芝居がよかったという話を延々と。

 

 一人の邪悪な男・渡辺康介がしでかした犯罪が多くの人を動かす巨大に絡み合う事件を作っていく。そのキャラ造形と演技がどっちもいい。

 主演の吉高由里子の主人公像なんてとっても見事で、暴行されるわ助けに入った家族が罪を犯すことになるわ、頭はいいし金持ちの母もいるけどそれ以外は敵だらけだわ、狂った康介の父・昭が暴れまわってさらに殺人事件が起きて長年の研究がご破算にされかけるわと不幸に不幸を重ねる最悪の事態の中で、強く気高くしかしどこか脆くて甘えられる相手の前では甘えようとしてしまうそんな多面的な人間像が見事に描かれている。30代で成功したインテリ美女社長、という立場がどれほどやっかみを買い、ただそうであるだけで恨まれるのかという描写もきっつい。事件について報道されるとき常に梨央が標的になるのは容疑者だったという以上に美女社長だからでしょ? やだねえ。

 声優の津田健次郎が出演しているのだが、イケメンなのとアニメ声だが実写でも異物感がない声質も相まってとてもいい。アニメで人気が大きく出た声優が実写に出たときって違和感があることが多い。見た目より声が若すぎたりアニメ声すぎて違和感あったり、実写演技に慣れてなかったりすることもあるし、舞台演劇もやる声優でも舞台と映像で求められる芝居のタイプは違うから新劇とかの演劇出身だとテレビドラマとは演技のスタイルが違くて浮くこともある。あと人気声優として集客した劇団でだけずっと芝居をして古い演劇スタイルをキープしてしまっていて、いざ別のステージでやると浮く例もある。でも津田健次郎の芝居はそういうのもないし、声優っぽい声の情報量が多い芝居もこの演出の中ではむしろ効果的で真意が見えない出世する刑事の姿が浮き上がってみえる。キャストと作品が見事にマッチ。しかし津田さんプロフィールだと身長170となっているが、映像で他のキャストと並ぶともっと小さく見えるな。

 マオカラーでいつもバチっと決めるミッチーもまたいい。こういう役が本当に似合う。役員会議で衣装の色味が一人違ったり、こういうとこも気が利いてる。6話の子供たちが捨てられた金を拾って、太陽が明るく照らすなか、暗く影に飲まれてまっすぐ立つミッチーの画が大変よかったな。不正発覚時の情けない独白もね、すごく自然なギャップでよかったな。

 主人公の影、救われなかったルートのIFのような女性を演じる田中みな実さんもすごくよかった。邪悪に襲われ正義だけがよすがとなった彼女の姿は、社会の不完全さと暴力の取り返しのつかなさが相まった、社会が壊してしまった人間として際立つ。主人公と対峙したさいの表情なんて本当に見事な演技だった。この人のキャラ造形が見事で、彼女の「罪は罰されるべき」「世は不公平」という論理がなぜ社会のあまたある悪や、自分を傷つけたような男性へは向かわないのかを考えると、本当に世の中のクソっぷりがわかる。

 諸悪の根源、渡辺康介の演技がよくて、ちょろっと出てくるだけで説明的なセリフや行動をとらずとも「こいつは邪悪で信用できない人間だ」とわかる演技がいい。

 とにかくなんだかなあというとこが少ない。せいぜい、ミッチーが階段から落ちるとこくらいかな。でもあそこも梨央の葛藤が母親と同じ「会社を守る、家族を守る」に傾いた結果起きたことだからなあ。ストーリー上そうなる所以はわかる。しかし冒頭の血まみれ主人公の伏線回収としてはちょい肩すかしあり。

 こういうの観ると、邦画とか邦ドラマの品質が悪いのって役者とか脚本家が悪いっていうより、構造的な問題なんじゃねえのかと思う。

 シナリオも演出もいい。人物造形もいい。なんか全般的によかった。