ラノベ書きしもの日記

ワナビの日記

マルチバース、本当の自分、コミュニケーション不全 映画感想『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』

 スパイダーバースの第二作。アクロス・ザ・スパイダーバースを鑑賞しましたので、感想を書きます。

 最高の作画で、観たことのないものが観られますんで劇場で観る価値抜群の最高映画です。みんな観ましょう。

 ストーリー展開については、要約すると予告編から予想できる通りの、運命があって並行世界があってそこを調整する人たちがいて少年がいてとなったらそうなるだろうという話なんですが、それを圧巻の作画と丁寧なキャラメイクで描いており、さらに意外な展開とこってり後編へ盛り上げる作りで、新鮮味の多い大変面白い映画になっています。

 

 以下、結末まで含めて全編のネタバレをしております。未見の方はご注意ください。

 

 前後編の前編である、というネタバレのみを聞いた状態で観てよかったです。前編であるということを知らずに映画を観ると、終わった時に少しだけイラっとする人が世の中にはいます。私です。

 映像の圧巻の良さについてはこれは観てくれとしかいいようがない。各バースのスパイダーマンがそれぞれ違うタッチで描かれ、各アースは全く異なるデザインが為されているという手間暇かかりまくり(ここについてはこれを為したスタッフから労働問題の悲鳴が上がっているのでそこは本当に残念)の作画で、観ていて惚れ惚れする。作画が良すぎて情報量多すぎて疲れる、というアニメファンの幸福。

 動きとかデザイン以外も、さかさまにぶら下がるマイルスとグウェンの二人、みたいな構図で見事に物語をわからせてくる部分でも作画の良さもばっちし。

 それと、会話シーンがすっごくいい。会話のセンスもいいし、実写で芝居させてから作画したのってくらい自然に作画ともかみ合っている。シナリオがすごい。私は会話シーン大好き人間なのでここんところだけでも最高。

 キャラもいい。やたら赤ちゃんを抱っこさせたがるピーターが面白いし、パンクスで命令や集団行動嫌いだが他人をほっとけないホービーも最高。妊婦がそんな暴れて大丈夫なのってジェシカはまじかっこいい師匠。ミゲルの正義を全うしすぎて疲弊した姿もかっけえっすね。誰かがもっと早く話していれば諸々もう少しなんとかなったろって話なんだけど、そこも「全員がスパイダーマンの組織」となれば彼らは共通の悩みや過去を抱えコミュニケーションがうまくできない部分があると考えれば、そこんとこも必然性がある。

 

 全体的に物語のテーマ的な部分の描かれかたもよかった。

 ヒーローの自分を親に明かせない葛藤を「本当の自分を知ってもらえない」ではなく、「自分の姿を半分しか見せられない」として描くのは、実は新しい描き方な気がする。嘘をついている後ろめたさより、絶対に捨てられない自分の姿としてのヒーローを明かせない、明かしたら愛されなくなる、という葛藤。ヒーローではない時間も彼らは本当の自分で、ヒーローを隠しても親はマイルスやグウェンの本当の姿の一部は共有している。でもヒーローの姿も明かさないと後ろめたさは払拭できない。そういった心に積まれていく淀みとしてヒーローを描くことが、誰しもの人生にある葛藤にリンクしているところがとてもいい。子供にも大人にも刺さる描き方だと思う。

 うまくコミュニケーションできないことでどんどこ自分を傷つけていくグウェンが、最後は自分のバンドを確立する姿はめちゃかっこよい。誰もが多少なりともコミュニケーション不全に陥っている部分はあるはずで、そんなところに自分で自分の居場所を作り上げようというスタンスは、たぶん広く勇気を届けるはず。

 なにせスパイダーマンはそういった悩みを抱え続ける存在なんで、それが集まって組織化されても上手く行くわけがない、というのもまたよい。

 マルチバースが怒涛の大ブームで、大作映画がエブエブ、スパイダーバース、フラッシュと続くが、どれもたくさんの自分に出会って自分を見つめなおすという、SF的壮大な世界観での自問自答というところで、なんとも生活感がある。壮大なセルフケアみたいな話が多いよね、マルチバース。壮大な自問自答で自分を見つめなおす。誰もが一番コミュニケーション不全に陥っている相手は自分自身なのかもしれん。

 ヒーローにはヒーローの運命がある、という思想はかなりメタで、そのヒーローの運命を突き破るというのは「作者=観客」間で固定化された作品という大枠を否定する行為で、その最強の支配力を持つパワーすら突き破れる姿を後半で見せてくれたら泣くと思う。一方でスパイダーマンって漫画全然読んだことない浅いファン目線ではあれど、「ヒーロー心があれば誰もがヒーローなんだ」みたいな考えがそこにはあったんじゃなかろうかと思っていたので、カノンイベントがないとダメ論はちょっと気になった。

 

 しかし前編だけで終わりの映画はストーリーについて感想を言うのに悩む部分がある。映画を半分だけ観て物語についての感想を言うことがないように、前編だけで何か言うのはちょっと抵抗がある。ので、運命に抗うという点については評価保留。

 途中で「署長」「まだ署長じゃない。宣誓をまだしてないんだ」ってマイルス父の会話シーンがあって、グウェンの父が署長ではなくなってホッとするシーンもあってと考えると、タイムスリップものでよくある事象発生条件を変える方法(今回なら署長宣誓を止めてスポットが騒動を起こす部分は再現する)で解決しそうな雰囲気があるのだけれど、それでセーフとなったときにミゲルがどうなるのか。個人的は彼は救われてほしいのだが。スパイダーマンの運命を突破したら、カノンイベントを破ると宇宙を破壊する超常存在が敵として出現、それを倒すためにレオパルドンが登場……とかだったらいいなあ。

 しかしベンおじさんが死ぬイベントが「大切な人が死ぬ」でイベントクリアになるのに、「署長が子供を助けて死ぬ」はあそこまで厳格なのはなんでなんだろう。