ラノベ書きしもの日記

ワナビの日記

読書感想 ペ・ミョンフン『タワー』

 ペ・ミョンフン著「タワー」を読んだので感想。ネタバレありです。

 647階建ての巨大タワーにして50万人が暮らす独立国家<ビーンタワー>を舞台に、特殊な国家のありようやそこに暮らす人々の姿を描く韓国SFの金字塔。

 面白かった。明らかに韓国という国の政治や国民性、国のありかたについて批判するテーマが大きくあるので、その辺りは韓国映画から学んだ諸々を通してしか理解できない(つまり理解してない)のだが、しかし巨大なタワー国家という異様な設定によって戯画化された物語には普遍性があり日本に生まれ生きてきた自分にとっても身近に感じる社会のまずさにも連携される。そしてどの作品もどこかで人間について信頼しており、見捨ててはいないやさしさが流れており、その温度感が大変好みだった。

 

 以下、各短編ごとの感想。結末までのネタバレあり。

 

・東方の三博士ー犬入りバージョン

 タワー内の権力構造をマップ化するプロジェクトを行う研究所。権力が集中する場所を調べると、一匹の犬がいた。犬が権力者なると依頼人は納得しない、しかし犬を取り除いてマップを作ると不正確なマップになってしまい意味がない。研究者たちは悩むが。という話。

 タワーの説明のための話なんだけど、初球から重い。たぶん直球の韓国社会批判なんだろうけれど、普遍性がある。タワーがその形状そのもので作り上げる階層構造と閉鎖性、そしてどこの国にもある権力構造。権力を調べるために高級酒を配ってその動きを調べる、というのが面白い発想。人気のある犬が権力の大きなポイントになっているというのは一見、バカバカしいネタなのだけれど、しかし実のところ犬すらそこに価値が見いだされれば人間は勝手に忖度して飲むわけないのに酒を送るという滑稽さが表現されている。その権力が歪んで人間に何をさせるのか、というオチが最悪で面白い。

 物流を通して権力のマップを作るってのは面白いアイデア

 この作品は全話どこかで各々のキャラがかかわっていたりするのだが、犬はずっと様々な人物の物語に現れる。押井守か?

 

・自然礼賛

 かつては社会批判を題材にしていた作家Kが数年前から突然作風を変えてしまい、自然愛を語る作品しか発表しなくなってしまう。担当編集になったDはKにかつての作風を取り戻してほしいと思うが。という作品。

 タワーで育った人間がかかる低所恐怖症という概念が面白い。権力者が反発する可能性がある名の知れた人間を従わせるために、そうと気づかせずに断れないわいろを贈るというところはどの社会にもある社会のグロさ。そして叩けば人間誰もが埃は出ると知りながら、社会に反発した人には潔癖を求める人間の身勝手さもまたきっつい。

 作家が自分の本質と向き合って戦い、敗れた悲惨で無情な話だが、そこにあるやさしさと人間への希望には、ほろっとくる。

 

タクラマカン配達事故

 タワーと契約する軍事企業に入ったミンソはタクラマカン砂漠での作戦行動中に撃墜された。広大な砂漠に落ちた一人の人間を見つけるにはあまりにも心もとない救出活動を前に、偶然二人にかかわった公務員ビョンスはある方法を思いつく。という話。

 これはいい話。タワーでは膨大な人間が利用するエレベーターのそばに宛名を書いた手紙を置いておけば市民が自主的にそれを確認して近所の人に届ける、という善意の文化があり、なんと90%以上がきちんと届く、というほっこり文化がある。というところから始まる、人の集団の善意のみで生まれる繋がりが描かれる。前二つの話が人間集団で自然発生的に生まれる権力構造を描いている分、光の面が見える本作が輝く。

 タワーが大義の通りのいい場所ではないとわかりつつ、そしてそこを変えられるほどの力もタフな精神もない公務員だが、しかしその理想像を胸に抱いているからこそ何もしないという選択肢は取れなかったビョンスが起こす奇跡は、実際にこの世界のどこかにはありそうなストーリーで心地よい。

 微力でも人が動けばいい方向へ動く、というのは希望だ。そしてそれが輝く希望に見える社会は絶望的ではある。

 

・エレベーター機動演習

 タワーがそのまま国家となったビーンスタークでは、最重要交通手段がエレベーターであり、軍の行動にもエレベーターが不可欠となる。という前提がすでに面白い。ありえない国家を想像したSF的リアリティが楽しい。

 さらにタワー上の国家ゆえに、縦方向の物流と横方向の物流で業者の違いが生まれ、そこから思想的対立が生まれ、ついには「垂直主義」「水平主義」が生まれて人々が思想的対立を持って別れテロ集団まで生まれるという空想歴史が最高にいい。私たちの思想は左右にわかれるが、タワーは上に伸びるので上下にわかれるという発想。楽しい。

 テロや戦時の非常事態発生時にエレベーターをどう使うか、というタワーならではの軍事演習の計画立案を担当する主人公の、さっぱりした語り口が妙に楽しい。けっこう大変なことが起きているのに軽い温度感である理由がタワー社会の問題につながっている人物造形が見事だと思う。苦い喜劇のような質感で、この本を象徴するような一遍だと思う。

 

・広場の阿弥陀仏

 何かやらかして地元から逃げてビーンスタークの警備隊で働く男と、タワーの外に暮らす義妹の往復書簡。

 タワー内に象という異様なビジュアルがいい。男は常にどこか責任を避けるような、いい加減な、どこにでもいる小市民的ダメさが文章の端々からかもしだされていて、そんな造形がどこかコミカルな文体になっており楽しい。

 象は修行僧の断食に付き合わされる最悪の環境で育ち、その次はタワー。そして最後はデモ鎮圧ように催涙弾の成分を含ませた水を飲まされて興奮してタワーから落ちて死ぬ。ひたすらに身勝手な人間に翻弄される象が、身勝手にそこに神聖を見られて、そのまま身勝手に命を終わらされる。悲惨で身勝手な話。

 

シャリーアにかなうもの

 コスモマフィアからの爆撃を前に存亡の危機に立たされるタワー。政府機能を別階に移す計画を任された役人は、秘密裏に土地の買収を進めるが、不動産価格の動きに奇妙な点があった。まるで政府の動きを裏で知っているかのような土地の買収を急速に進める人物がいた。彼女は、コスモマフィアの爆撃と時を同じくして、タワーに仕掛けた爆弾を作動させる役割を担う工作員だった。

 オオトリにふさわしい大規模な話。タワーができたその時から仕組まれていた陰謀とその結末。

 買い物中毒のテロリスト、低所恐怖症の役人と破滅へと向かう中で信仰をもとに社会と向き合う二人にも問題がある人物造形が面白い。テロリスト側の陰謀を解き明かすサスペンスと、爆弾を隠す方法が見事。

 神とタワーをそれぞれ祈り続ける二人に富が降り注ぐという寓話チックな結論も最高だし、なによりタワー建設当時から仕込まれていた爆弾の起爆失敗の原因は非常に面白い。65年は信仰を持ち続けるには長すぎる。

 全体的に真摯な祈りが通る、というのが通底する。社会はグロいがそう悪くない部分がある、というのも。

 

付録までバッチリですっげえ楽しめた。