ラノベ書きしもの日記

ワナビの日記

信仰と使命、蘇る名探偵 映画感想『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』

 主演・監督をケネス・ブラナーが務めるエルキュール・ポアロシリーズの第三弾。

 ハロウィーン・パーティが原作だがかなり大きく改変しており、とある家に降りかかる呪いと引退したポアロの復活を描く物語になっている。ポアロ引退ネタを絡めて作り直した翻案といっていいかも。しかしポアロには原作に忠実なドラマ版があるので、別に新しい解釈がバンバン生まれていいのではないかと思う。

 

 私はこのケネス・ブラナーポアロが大好きで、一作目の草刈正雄吹替が大好き。名探偵という存在は何であり、名探偵という存在は何を背負い、何をもたらすのか、というところを丁寧に考えているシリーズ全体のストーリーが大変好み。また、ブラナーの一つ一つ丁寧な画面作りや場面転換も非常に好きなところ。

 本作も嵐で水に沈むベネチア、怪しい呪われた屋敷、そこで緊張と恐怖に縛られる人々と、どの絵も美しい。クラシカルな恐怖表現を古臭く感じさせないブラナーポアロのたたずまいも素晴らしい。何より景観の美しさはスクリーンで鑑賞する価値がある。前作か前々作がお好きな方ならぜひ、今作も鑑賞してほしい。前二作で崩れ落ちたポアロの信仰と使命、探偵である誇りへの答えが観られます。

 隠居中のポアロ、一日二回のおやつを食べたり、事件解決をやめたり、卵のサイズが違っても諦めて食べたり、かなり落ち込み気味。

 正義と秩序と公平を信仰し、「真実を隠せないものが二人いる。神とエルキュール・ポアロだ」とすら語り、名探偵を使命とした英雄ポアロの挫折が前二作だった。オリエント急行では社会正義が健全に機能しない結果として不幸を背負った人々を前に、信仰を曲げる。ナイル殺人事件ではついには名探偵という使命を折られる。

 そんな大きな挫折を経て引退したポアロが出会う、悲惨な事件。神なき世界に正義も真実も秩序もない、という諦念に飲まれたポアロが、新たなる事件で復活を果たす。誰よりも真実を見通す知性だけが果たせる使命とは何か、というところが熱い。シリーズを通して描かれる、名探偵とは何かという問いへの答えは、ブラナーの名演もあって重くて気高い。その瞬間を観られる瞬間が、シリーズを追いかけたかいがあったと思える。