ラノベ書きしもの日記

ワナビの日記

キツネを喰らえ 映画感想『オールド・フォックス 11歳の決断』※ネタバレ

 オールド・フォックスを観たので感想を。

 監督はシャオ・ヤーチュエン。台湾映画。面白かった。

 

 あらすじ:1989年台湾。“いい人”な父(リウ・グァンティン)と二人きりで貧しい暮らしをする少年ジエ(バイ・ルンイン)。優しく人のいい父と、いつか理容室を開業するための節約生活を続けてきたが、投資熱高騰でバブルが到来し不動産価格が急上昇し夢は遠のいてしまう。失意に沈む少年の前に、大地主で“キツネ”と呼ばれる老人シャ(アキオ・チェン)と出会う。老人は何故か少年に世話を焼き、貧困といじめの中で揺らぐジエに力を手にする方法を教える。夢だった家を手に入れるため、ジエはシャの教えを受ける。善と悪の間で揺れる少年の決断とは……というお話。

 

 まずメイン二人の芝居が素晴らしい。北野武の浅草ヤクザみたいな芝居で少年を悪へと導く老人を演じたアキオ・チェンはこの映画をどっしりとした分厚いものにしており、主人公の少年を演じたバイ・ルンインはもう天才。いい子で、幼く、しかし聡明で、人生の困難の中で生き抜こうという意思がある姿を名演。かなり道徳的な映画で、話はかなりわかりやすいからこそ、この二人の演技の良さを味わえる。

 

 シェが出てきてすぐに、これは悪魔が無垢な存在を堕落させようとする物語だとわかる。貧しいし忙しいしで善良な父はおそらく我が子と対話できていない。一方で金持ちの悪党はじっくり少年と話す時間がある。こんなところでも貧富の差がある。いじめに貧困という少年をさいなむものを払う力を持つ悪党は、少年を自分と同じ存在にしようとする。この映画の面白いところは、このシェのキャラだろう。悪党として生きる自分自身を自己肯定することができなくなってしまい、少年を教育して自分と同一の存在にすることで悪の存在価値を見出そうとする。そこなしの哀れさを背負った老人のあまりの悲哀に、一瞬、この映画の主人公が彼に見えてくる。

 しかしそんな彼が少年を悪に変えようとしたその時、少年はまさにシェが教えた『他人に同情しない技』で老人を跳ねのけてしまう。この時、暗闇で自分自身への語りかける老人の鏡合わせの姿が、この人の逃げ場のない無尽の孤独そのものであることが見えて本当に素晴らしいシーンだった。

 

 ラストは少年は善良だが忙殺され貧しく生きて何も手に入れられない父とも、力を得る代わりに全てを失っていくキツネとも違う人生を選ぶ。父に寄り添い、キツネを喰らい、少年が極めて非凡で同時にこの世に最も必要な『知性とやさしさを持ち社会の荒波を乗りこなす技も持つ人間』に成長する。このラストのひねりが小気味良くて、大変読後感のいい映画だった。

 

 日本から門脇麦が出演している。さすがの名演でキャラもいいのだけれど、いかんせん物語にあまり関与しておらず、門脇麦パートを切ってもほとんど影響がない。ある程度シナリオが進んでから出演が決まったのだろうか。

 

 とにもかくにも貧富を拡大させる方向にすすむ経済はクソである。