元ワナビ日記

つまらな人間のブログ

アイドルは偉大なり 映画感想『トラペジウム』※ネタバレ

 映画『トラペジウム』を観たので感想。

 原作小説は高山一実著。作者が女性アイドルグループ乃木坂46在籍時に書いた、『現役有名アイドルが書いたアイドル小説』という異色の作品。声優はこの手の企画には珍しく本職で声優をやっている若手アイドル声優たちがメインで、現役男性アイドルである木全翔也(JO1)と芸人の内村光良が参加している。

 

 あらすじ:東ゆうはアイドルに強く憧れる女子高生。東はアイドルグループ結成のため、地元の可愛い女子高生を集め、テレビ番組に出演する。それをきっかけに念願のアイドルになるのだが、彼女たちには厳しい現実が待ち受けていた。

 

 以下、結末までネタバレあり。

 

 面白い映画だった。

 主人公の造形がかなり非凡。アイドルになるために可愛い女子高生を探し、仲を深め、目的を隠したまま外堀を埋めていく。アイドルになった後に身辺を探られることを見越しボランティアに精を出し、テレビ出演のために地元番組のロケ先に先回りして潜入する。四人組アイドルグループ結成のために、執念深く突き進み、自分を親友と信じる少女たちを操ろうとする姿はピカレスクロマンの主人公だ。アイドル特化型の女版佐藤十兵衛、もしくは軽めの絡新婦の理のあの人。

 この前半で策をめぐらせる東は常に悪い笑みを浮かべ、作画が生き生きとしているので異色の魅力が見える。

 しかし後半、東以外の三人にとって夢でもなんでもないアイドル仕事は耐えられるものではなく、均衡は一気に崩れていく。一人は彼氏バレでデジタルタトゥーを残され、一人は下手すれば人生終わるくらいの精神的ダメージを負う。この破綻のあんまりな酷さに、それに導いた東をクズと言うレビューがあるのも頷ける。サイコパスは言い過ぎ。

 しかし、夢を追ううちにその過程が目的化してしまう視野狭窄は人生にありがちな問題で、独りよがりの幼さとそれゆえの傷や離別、そしてその経験を経て大人への扉を開く物語を私たちは青春と呼ぶ。となればこの映画は、その痛みの描写、人間の生々しい嫌さから逃げずに描いた、真っ向勝負の青春映画だ。

 青春映画としてかなり綺麗にまとまっており、声優たちの芝居も上手い。無駄なくテンポよく進む物語と、東の非凡さによる物語の推進力も相まって、かなり出来のいいアニメだ。

 しかしこの映画には大きな歪みが見える。何がこの物語の悪として少女たちを傷つけているのかと言えば、それは『アイドル』という産業そのものだろう。恋人を許さず、恋人との別れを勝手に事務所が決める。勝手に人の過去を掘り返してボランティアでもしていれば勝手に褒める。身勝手な人間たちが一方的に若者を消費し、青春そのものを利用して若者をすりつぶす、そのアイドルという構造が持つ加害構造によって、この映画は歪んでいる。

 アイドルの描くアイドル物語ゆえに、本作はアイドルという仕事が少女たちをすりつぶす様を描きながらアイドルという仕事は美しいものとして終わる。そのためにこの映画が何をしたのかと言えば、ラスト、全てを失った東の前に、被害者たちが集まって彼女を赦す。そんな強引な赦しによってこの物語は、東という少女の視点から見た美しい青春物語として完結する。そして彼女たちに大きな傷を負わせたアイドルという存在は、障碍者の児童によって東ごと許される。彼女は東にとってアイドル活動に意味があったことを示すための存在であると同時に、アイドルという存在をキラキラした色で覆いこれまで描いてきたえぐい加害構造を脱臭する。アイドルは美しい善である。アイドルは偉大なり。この歪な構造は、本作がアイドルが書いた小説だからこそだろう。ネットで集めたリアルさで作った均整の取れたアイドルものとは一線を画す。直球勝負の青春ものとして美しく描かれているからこそ浮き上がるこの歪みを観るだけでけっこう観る価値があると思う。

 

 田舎描写もいい。無人駅用のSuica改札、ボックス席。無人駅だからチャレンジできるフェンス乗り越えキセル乗車での停学エピソード。そして終盤の東が電車を見送る描写は、劇中のエリアは大都市と違って一本見送ると次の電車が来るまでかなり待つから、そういった日常を踏まえるとあそこで乗らない選択をすることの意味が見える。

 

 東がなんでこんな人間になったのか判明するシーンがかなり良くて、そこで対比として存在する工藤のキャラがまたいい。アイドルものだから東は恋愛しないのだが、だからこそ少年と少女のこの心の交流は、上記のいびつさとは別の、本当に物語として美しい関係性が描かれている。ここも観る価値ありで、観る価値が2つもあればいい映画である。

 ゲストに内村光良が出ており、だいぶ戯画化された可愛いおじいちゃんを演じている。芝居は上手いのだけど、ウッチャンは声が若くて老人向きじゃないなあと思った。