ラノベ書きしもの日記

ワナビの日記

シナリオがよい 映画感想『きさらぎ駅』※ネタバレ

 きさらぎ駅を観たので感想。ネタバレありです。

 監督:永江二朗、脚本:宮本武史。主演:恒松祐里

 

 2ch発のネットロア『きさらぎ駅』の映画化。民俗学専攻で神隠しについて研究する大学生の堤春奈(恒松祐里)は、実際に異世界へ行った経験を持つ葉山純子を取材する。葉山はかつてきさらぎ駅へ迷い込んだ恐ろしい体験を語る。きさらぎ駅へ降りた葉山は若者三人組、会社員、そして勤務先の高校に通う宮崎明日香(本田望結)と出会う。全員で駅からの脱出を目指したが恐ろしい怪異に襲われ次々と命を奪われていき、元の世界へ戻れたのは葉山だけだった。葉山は取り残された教え子を救うために情報を集めようと、きさらぎ駅の話をネットに流していた。堤は葉山から提供された情報からきさらぎ駅へ入る方法を解き明かし、宮崎救出のためにきさらぎ駅へ向かう。

 

 いかにもつまらなそうな雰囲気の量産型Jホラーの空気がどっさり出ている作品ですが、これが意外と面白かった。ネタバレなしで観た方がいいです。

 

 

 前半は葉山の体験談としてのきさらぎ駅到着、駅へ到着した電車の同乗者たちと出会う怪異、謎の存在によって殺される若者たち、謎の人物、とネットロアを踏襲した内容が語られる。この前半はあんまりおもしろくない。ホラー演出がほぼジャンプスケア頼りなのと、CGの安っぽさ、そして乱暴な若者役の俳優の異様に段取り臭く説明的な芝居、とダメなホラーっぽさ盛りだくさんでハズレの臭いがキツイ。ただ音の演出は良くて音の定位がきちんと配置されていて、POV視点と相まって異界の空気感がけっこういい感じ。

 ただこの映画は後半が一気に面白くなる。前半の葉山の経験談を聞いた堤が自らきさらぎ駅に乗り込むのだが、ここからいきなり『きさらぎ駅RTA』になる。前半の攻略情報をもとに行動を予測して次々とBADエンドイベントを潰していく流れはかなり面白い。堤がけっこうイカれていて、伝聞で聞いていただけの初めての異界だというのにドンドン進んでいく。本当に化け物かわからなくても躊躇なくナイフで人を刺し、BADエンドが近づけば躊躇なく石で人の頭を殴る。

 そしてラスト。全滅エンド寸前で脱出用の扉が出現する。葉山が話すきさらぎ駅脱出の条件は「一人のみ」「最初に光の扉へ入った人間は取り残され、入らなかった人間が戻れる」というもので、この条件が堤に自分が戻るか、葉山を助けるために自分が残るか選択を迫る。そして堤は自分が現実に帰る選択を選ぶのだが、実は葉山の説明は嘘で、宮崎が現実へ帰り堤はきさらぎ駅へ取り残されてしまう。この前半のフリが嘘で、葉山は宮崎をきさらぎ駅へ残して自分だけ生き残ったことに責任を感じ、教え子を救うために脱出の誤情報を仕込んで異界へ堤を送り込んでいたことがわかる。このどんでん返しが楽しい。

 POV演出とRTAパートがゲーム的で演出上の繋がりがいい。また、このPOV視点によって前半が一人称視点であることが明確になり、映画だと違和感がでがちな「信頼できない語り手」を成立させているところもいい。この手のゲームクリア的な展開でよくある平然と目的遂行に動く主人公をこういったキャラ性で描くことはメタ的な面白さもあるし、躊躇なくそれができる人間であることが最後の選択に説得力を生んでいる。また、宮崎という純真無垢な人間を中心に「止まった自分の時間を動かすために人を異界へ落とす葉山」「自分の卒論のために葉山を利用し宮崎を置き去りにする堤」という二人の女性が正反対にいるように配置されつつ、しかし最後に葉山にもその因果が返る構成になっている構造が巧み。

 もちろん安っぽいので大傑作とはとても言えないし、きさらぎ駅に「次の犠牲者が来るまで囚われ続ける異界」を併せたネタは既に世にも奇妙な物語が城後波駅でやっているので新規性という点でもさほどない。だけれど脚本の意外な出来の良さや、チープにならざるをえない状況での創意工夫を観るのは十分に楽しい。いい映画だったと思う。

 宮崎を失った葉山が「あの日から時間が止まっている」と表現したり、利用した相手に対して「彼女は役目を果たした」という辺り、そして構造の巧みさになんとなく脚本家の三宅隆太さんを思いうかべた。