ラノベ書きしもの日記

ワナビの日記

語り継げ怒りの神話 映画感想『マッドマックス:フュリオサ』※ネタバレ

 偉大なる熱砂とガソリンと車輪の神話『マッドマックス:怒りのデスロード』の前日譚。前作でも主役だった戦士フュリオサの成立を描く。

 傑作。非ヒロイックな神話を英雄譚的な構造で紡ぐ新たな神話は、フュリオサを通して父性を中心とした男たちの権力構造を唾棄すべき害悪として描く。そこでえぐりだされる醜悪さは、そのまま前作をV8!!!と叫んではしゃぎまわっていた観客も含めて「そういうのカッコよくないし、カッコよさに乗っかってはしゃぐのも有害な構造強化しているだけだし」とジョージ・ミラーから冷静なツッコミが入れられたように思え、前作と接続して一つの大きな構造を形成させている。

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邦題は酷くレビューサイトの評価も低いが悪くない映画だと思う 映画感想『ウォール 絶体絶命』※ネタバレ

 『ウォール 絶体絶命』を観た。レバノン、フランス合作。ちょっとあまりに今の世の中に重なりすぎるので観るか迷ったが、こういうタイプの映画でかつレビューサイトの評価が低いやつには意外な見どころがあったりするので視聴。配信で鑑賞。

 

 邦題は酷くレビューサイトの評価も低いが悪くない映画だと思う。

 イスラエルヒズボラの間で起きた2006年レバノン侵攻(7月戦争)の24時間停戦下で、イスラエルの攻撃を受けた村が舞台。
 逃げ場のない部屋で、イスラエル軍から隠れる人々を描くワンシチュエーションの映画。ただひたすら隠れて、かといって隠れて凌ぐための創意工夫がエンタメになるタイプでもない。本当にただただ、状況に置かれた人々を観測している。だから退屈するし、停滞感も生まれるのだが、隣国と国内政治組織の戦争に巻き込まれる人たちの日常はこんな感じなのかと想像するとゾッとする。
 また、停滞感が大きくなると訪れる銃声、窓の外に拡がる戦争風景、壊されるインフラ、死体、と戦争が顔を見せる。
 映像面では窓の使い方がいい。暗い部屋の停滞感の中に開かれた窓の外は、美しい風景と戦争が拡がる。この映像的な解放感と悲惨さの同居は目に焼き付くものがある。

 特に最初の窓の風景からのカメラの動き、中盤の牛の死は素晴らしい撮影だと思う。


 いかんせん当地の政治事情をうっすらとしか知らないので、ナチスについてあんまり知らずに関心領域観るみたいな状態で感想を言っている可能性もある。『複雑な関係でどういった思いか明確にできない父親』というモチーフは古い演劇っぽくて、恐らくもう少し政治・歴史を深く知っていればなんの寓意かわかるはずなんだが……この手の映画は批評の補助線が日本語で用意されないので難しい。

 

 この手のレンタル⇒配信と来る、劇場で全然やらなかった映画の御多分に漏れず邦題が酷い。あらすじも含めてこれではスリラーだと思って観てしまう。スリラーだと思って観ると、かなり退屈に思えてしまうだろう。

読書感想『寝煙草の危険(著:マリアーナ・エンリケス 訳:宮崎真紀)』※ネタバレ

 アルゼンチン気鋭の女性作家が贈るスパニッシュ・ゴシック・ホラー。発行は信頼のおける国書刊行会。箱入り、装丁もよくレイアウトや紙質もよい。

 翻訳もよくて、淡々としながらグっと鼻を刺す臭いも生み出す、独特のリズム感を持った作家性の強い文体になっている。

 情勢によって大きく揺れ続けてきたアルゼンチンという土地、未だ放置される諸問題、それらを通り抜けた世代が共通して持つ傷。そんな歴史的背景を知らなくても、そういった背景で書かれたことが推察できる、短編ながら明確にそういった社会への眼差しが浮かび上がる情報量とくっきりとした視界を見せる作品。

 13本の短編は全て主人公が女性。どの物語も搾取され、加害され、蓋をされる人々の物語であり、怪異や異常性は退治も回避もできず日常に組み込まれて進行する。女性の性欲、下痢やゲロみたいな排泄と悪臭、そんな社会に蓋をされるものたちを描写し、その結果起きる弱者の再生産や、逆に放棄する弱者、または若く狭い世界の中で暴走する感情といった様々なホラーが描かれる。訳者あとがきで作者が80~90年代ホラー映画の影響下にあるそうだが、なるほどたしかに、社会の中で人々の中に拡がる感情を拾い上げてモンスターを通して描くのはホラー映画が盛んにする手法だと納得。

 

 以下、各話感想。ネタバレありなのでご注意ください。

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アイドルは偉大なり 映画感想『トラペジウム』※ネタバレ

 映画『トラペジウム』を観たので感想。

 原作小説は高山一実著。作者が女性アイドルグループ乃木坂46在籍時に書いた、『現役有名アイドルが書いたアイドル小説』という異色の作品。声優はこの手の企画には珍しく本職で声優をやっている若手アイドル声優たちがメインで、現役男性アイドルである木全翔也(JO1)と芸人の内村光良が参加している。

 

 あらすじ:東ゆうはアイドルに強く憧れる女子高生。東はアイドルグループ結成のため、地元の可愛い女子高生を集め、テレビ番組に出演する。それをきっかけに念願のアイドルになるのだが、彼女たちには厳しい現実が待ち受けていた。

 

 以下、結末までネタバレあり。

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最高に楽しい 映画感想『ゴジラxコング 新たなる帝国』※ネタバレ

ゴジラxコング 新たなる帝国 IMAX版で鑑賞。最高だった。

いわゆる「頭空っぽにして観てくれ」という言葉は、作品への批判を鑑賞者の責任にする製作者の責任転嫁であったり、熱心なファンが自分の愛する作品を擁護するために否定的な意見を持つ人を否定するための道具として使われがちだ。
だが本作は「どうすれば鑑賞者が頭を空っぽにできるか」をきちんと考えて、考えた結果こうなった剛腕な映画だと感じた。

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万有引力とは引き合う孤独の力 映画『異人たち』※ネタバレ

 映画『異人たち』を観たので感想。アンドリュー・ヘイ監督、主演はアンドリュー・スコット、原作は山田太一の小説『異人たちとの夏』。

 

あらすじ

夜になると人の気配が遠のく、ロンドンのタワーマンションに一人暮らす脚本家アダムは、偶然同じマンションの謎めいた住人、ハリーの訪問で、ありふれた日常に変化が訪れる。ハリーとの関係が深まるにつれて、アダムは遠い子供の頃の世界に引き戻され、30年前に死別した両親が、そのままの姿で目の前に現れる。想像もしなかった再会に固く閉ざしていた心が解きほぐされていくのを感じるのだったが、その先には思いもしない世界が広がっていた… 公式サイトより引用

異人たち | Searchlight Pictures Japan

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キュートな映画 映画感想『ブルックリンでオペラを』※ネタバレ

 映画『ブルックリンでオペラを』を観たので感想を。

 

 あらすじ:オペラ作曲家のスティーブンはスランプに陥り鬱状態。妻で精神科医のパトリシアの勧めで愛犬と共に散歩に出たスティーブンは、曳船の船長である女性カトリーナと出会う。カトリーナとの出会いをきっかけにスランプを脱出するが、彼女の持つある秘密が大きな騒動を招くことに。さらにパトリシアの息子とその恋人の間にも大きな問題が訪れ……というお話。

 

 ピーター・ディンクレイジマリサ・トメイアン・ハサウェイの3人がメインキャストのロマコメがつまらないわけがない。

 そんな期待を裏切らないキュートなロマンチックコメディでした。観ていて気分がいい映画で大作目白押しのタイミングでこういう軽やかな映画を観るとまたいい。と書くと小規模で安い映画と思われそうだが、そうではない。アン・ハサウェイがプロデューサーを務める実力派キャストのリッチな映画で、音楽や映像や美術は全くケチっておらず、予算のあるロマコメという贅沢な映画になっている。しかし大人のコメディとして華美にはしない。だからこそ軽く観られる、そんなよくできた大人の映画だ。

 原題は『SHE CAME TO ME』。作曲家の主人公が女性との出会いを通して「アイディアが降りてくる」状況と、彼女との出会いの二つをかけたいいタイトル。とはいえ直訳で面白そうなタイトルに映るかというと難しいので、邦題もこれはこれで。

 

 以下、結末までネタバレあり。

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