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運命に勝つ者 映画感想『岸部露伴は動かない 懺悔室』※ネタバレ

 『岸部露伴は動かない 懺悔室』を観たので感想を。ネタバレありです。

 すげえ良かった。

 

 あらすじ:ヴェネツィアを訪れた岸部露伴は、懺悔室で仮面の男の懺悔を聞く。ある罪を犯し「幸せの絶頂に達した時に“絶望”を味わう」呪いを受けた男の奇妙な人生に興味をいだいた露伴は男を本にして読んでしまう。だがそのことで、露伴もまた男の『呪い』に巻き込まれることとなる。

 

以下、ネタバレあり。

 素晴らしい実写化。NHKの実写ドラマからしてルックも演出もシナリオも素晴らしい、NHKはいいドラマがコンスタントにできる。日本のドラマにもちょこちょこ映像も芝居もシナリオもいいものが出てくるのだけれど、TVドラマ発の映画になるといいものが本当に少ない。こういういいものがどんどん出て欲しい。

 高橋一生の岸部露伴っぷりはもう言うまでもないすばらしさだが、他の役者陣もまた良かった。ジョジョのセリフ回しを痛いコスプレに見せないための、俳優陣のスタイルの良さ、顔の芝居の濃さ、セリフ前の達者さ、コスプレを回避する衣装デザイン、不気味な空気を作る音楽(AI生成って既に地位を確立したクリエイターはいいけど、無名のクリエイターが将来的にAI生成屋さんに変わられて産業死にそうでやだけどね。)、そして演出面における漫画表現的な大きな躍動感。どれも相変わらず素晴らしい。ヴェネツィアロケの映像と音楽と相まって、劇場で観る価値がかなりある映画になっている。

 前作劇場版のルーブルへ行く、については個人的には外国人俳優の芝居がちょっと下手だったり、原作から変更した構成面で冗長に思えて個人的に微妙なところがあったのだが、本作はもう手放しによい。ヴェネツィア撮影だが外国人役者を最小限しか使わないことで日本のTVドラマ映画がやりがちな、エキストラ含め外国人俳優への演出のショボさによる違和感が回避されている。

 シナリオ面も丁寧で無駄がなく、原作の過剰なセリフ回しはキープしつつ、過剰な説明はないスリムなシナリオになっており、それによって映像的な魅力が映える作りになっている。

 持ち金盗まれて差別されながら肉体労働に精を出す男が、浮浪者を無下にしたら死んでしまい呪われるという、運にも社会にも見放された社会の下層で呪いの因果が回っているところが本当にいや~な感じで良い。整形されると本人認定できない抜けたところも、亡霊が人間であるがゆえって感じで面白い。

 「確実にくる恐怖、人はその待つ時間にこそ恐怖する」というバキの名言があるが、その言葉通りに約束された破滅を前にすれば人は幸福すら恐怖するという荒木先生らしい運命の描き方が面白い。幸福から逃げる、というあり得ない恐怖を映像化する見事さに感服しながら最後まで追いかけると、そのラストもまた驚く。呪われた男はついに“幸福の絶頂”を迎え、ついに訪れた絶望によって娘を失うが、そこで出てくる言葉は「助かった」となる。最後まで自己保身しか考えなかった呪われた男の姿に、苦いラストだなあなんて思っていると、さらにその先がある。

 その姿こそが岸部露伴イズムで最高だった。

 幸福にせよ不幸にせよ押し付けられる運命を前に“立ち向かう”選択をする者こそが運命に勝利できる。それがたとえ生き意地の汚さでも、その姿勢こそが人間たる姿なんだというラストのらしさが非常に良かった。運命より自らの才覚こそ優先する露伴、幸運はそういうものとして素直に喜ぶしなやかさを持つ泉君、そして運命より愛情より自分の命を優先する常人離れした生き意地を持つ男。偶然に人の生き死にが左右されても、自分の人生を自分でどうにかしようとあがく姿こそ人間賛歌だ。

 その異常な生存欲求の執念、生きることに倦んでも死にはしない男の奇怪な姿を見事に演じた井浦新は本当に素晴らしい俳優だ。荒木先生の独特なセリフ回しと、それに乗っかる奇抜な演出を見事に乗りこなしていた。黒い帽子に葬式のような服で陰鬱に現れるスタイルの良すぎる疲れた男、最高だ。

 

 荒木先生の映画本は、漫画から見える先生の価値観が再確認できて楽しい。

 

 井浦新でいうと最近はこれが最高だった。