ラノベ書きしもの日記

ワナビの日記

読書感想 伴名練 編「日本SFの臨界点[怪奇篇]ちまみれ家族」

 SF作家の伴名練が編者としてまとめたSFアンソロジー

 伴名練が選んだなら面白いだろう。という期待感で手に取る。本書は国産SFを幅広い時代から「SFかつホラー」という縛りで選んでいる。各短編の前に伴名練による短い解説が書かれているのだが、これがいい感じ。序文にも書かれている通り今時作家の基本情報はググればわかるので本に載せる意味が薄い。こうして編者の主観的な紹介が書かれていたほうが読んでいて面白い。

 以下、各作品の感想。ネタバレあり。

 

中島らも「DECO-CHIN」

 一発目から強烈な作品。私はSFに明るくないのでサイエンス感の薄い作品はどこまでがSFなのかわからないし、スペキュレイティブフィクション=SFって考えはなんかずるくないか? と思ったりもするので、本作がSFかどうかはよくわからない。でも面白かったことは間違いない。障碍者のみで構成されたバンドを追う編集者の物語。

 芸術に打たれた衝撃に自ら障碍者になろうとする男の、感性が揺さぶられる様はかなり強烈で面白い。しかしオチがちょっとなと思った。主人公は障碍者だけで構成されたバンドに人生を変える衝撃を受け、バンドに参加したがるものの彼らは健常者を拒否する。で、主人公は自らの四肢を切り落としてデコにチンを指す手術を受ける。この行動でバンドに入れてハッピーエンドなのだが、そうなるか? と疑問に思う。先天的な障害を持った、そうなることを回避できようはずのないバンドメンバーと、後追いで自分プロデュースの障害を負う主人公との間には驚くほど差があると思うのだが、よくバンドメンバーは受け入れてくれたな。でも追い返した男がデコにチンつけて来たら追い返す勇気ないか。

 しかしいつも思うのだが、サブカルの奇形憧れって当事者でないからこそ、かつ相手に全く無知だからこそのもので、金持ちの道楽みたいな嗜好に思える。言ってみればそれは社会に根差す偏見に乗っかる行為でしかない。「偏見を向けられる側に自ら行こう」って、単なる差別の再生産・補強なんじゃないのか。

 しかし本作はサブカルの奇形あこがれについての分析が序盤になされて、その様をシニカルに描いている。芸術のパワーと同時にそれに翻弄される人間を「阿呆!」と怒鳴る人間も対比として置いており、どこか冷静にそこを見ている気がした。

 音楽に衝撃を受ける描写が、かなり細かくて良い。

 

山本弘「怪奇フラクタル男」

 ショートショートでワンアイデアですぱっと終わる。面白い。すげえいかれたことが起きているのに登場人物たちが妙に冷静で、普通に目の前のできごとを分析して話しているのもまた妙にシュールな面白さ。

 体積が0になった時、物質はそもそも無限に浮いていくのだろうか。質量0だと光速になるんだっけ? こういう奇想をまじめに考えるのが面白いのだが、いかんせん私は物理をまじめに勉強していないのだった。

 フラクタル図形の科学的な諸々と感覚的なとらえ方の差異って気持ち悪いのでそこんところが汲まれている気がするとこもよかった。

 

田中哲弥「大阪ヌル計画」

 容赦のない大阪いじり、読点のない独特な文体、と不思議なリズムでシュールな空気が生まれる。確かに落語ってシュールだよな。摩擦0、圧力は損失0で返す、という夢の物資が作るオチのあっけなさは、人間が熱狂するとロクなもんじゃないなという感じで好み。落語として聞いたらどうなんだろう、肩透かしに思うかもしれない。

 

・岡崎弘明「ぎゅうぎゅう」

 怖い児童文学みたいな奇想。キノの旅みたいって言えばわかりやすいか。

 戯画化された世界や生活、そして青臭い真っすぐな愛の物語なのだが、愛する人を忘れられないのに嫁を貰ってなんとなく抱くという妙に生々しい人間っぽさが不思議な温度感。そして世界のルールを無視して世界へ飛び出す青年の恋心が生む冒険の旅と、その帰結の悲惨なラスト。性格が悪い。いいオチ。つまるところブロイラー視点で世界を見ていただけだったわけだが、そこに恋と冒険を入れるところが非常に露悪的。

 

中田永一「地球に磔にされた男」

 中田永一、つまり乙一。16歳の天才でデビューして以来、批評的にも商業的にも成功している天才。

 漢字をひらがなに開く所が独特で意図がわからず、不思議だった。

 時間移動できるアイテムを手に入れた男の冒険。職も金もなく孤独な男が並行世界の自分となりかわろうと旅をする。孤独を抱え独善的に生きた男が、様々な自分と触れ合うことで誰かのために生きることに目覚める過程が丁寧で面白い。SF的なセルフケア、みたいな。

 

・光波燿子「黄金珊瑚」

 日本SF第一世代の女性作家にして、国内初のSFと銘打って雑誌の載った女性作家の作品。メモリアルだ。筆を折った理由がThe昔日本という感じで苦しい。

 謎の巨大な黄金色の珊瑚が巨大化し、それに近づくと人間は魅了されて操られてしまう。黄金珊瑚はどんどん大きくなり、学校を一つ支配するとさらに周囲の村も魅了していく。というオーソドックスなホラーなのだが、オーソドックスゆえに60年経った今読んでも十分面白い。ケイ素生命体の精神支配という発想って本当にレガシーで未だにあるからすごい。

 精神を支配する謎の巨大黄金珊瑚、という終末像はビジュアルがいい。

 

津原泰水「ちまみれ家族」

 本書のタイトルに採用された作品。なんでか血まみれになる家族のナンセンスギャグなのだと思うが、これが本書唯一つまらなかった。私はSFについて全くこだわりがないが、ギャグにはこだわりがあり好む範囲が狭い。まあ短編集なら一つくらい編者と好みが違うものがあって当然だ。いや、ひとつしかない方が凄い。一番のギャグはこの作品をタイトルにしていかにもなべたな傷ついた少女を表紙にしているところ。

 

中原涼「笑う宇宙」

 アリスSOSの人。密室劇、家族、疑心暗鬼と状況設定がめっちゃ上手くて、誰が狂気に飲み込まれているのか読めない展開が面白い。ラストの余韻もいい。宇宙閉鎖空間ものとしても面白いのだが、ひきこもり現実逃避他責思考子供を追い出したところで家族の問題は解決しないという見方でも面白い。すっげえ上手い作家だなと思った。

 

森岡浩之「A Boy Meets A Girl」

 星間飛行する謎の種族の少年が旅をする描写と、その生態系のリアリティが面白い。その種族の視点だからこそのオチの美しさと寂しさもよい。子供を成さなければ大人になれない人工生物と、子供を成さなくても責任を果たすことで大人足りえる人間との対比のラストが、本当に素敵だった。これと雪女が本書の中で私的大ヒット。

 

谷口裕貴「貂の女伯爵、万年城を攻略す」

 人間が動物に知恵と便利な肉体を与えて幾星霜、動物たちは人間を奴隷にして群雄割拠の時代を作り上げていた。という広大な世界観を短編で使い切る贅沢さ。独特な造語も洒落ている。人間の時代が終わり、そんな中でも一矢報いようとするが、すでに人間の時代は終わっていたのだ。という圧巻の物語。良かった。

 

石黒達昌「雪女」

 圧巻。ルポタージュのような語り口で淡々と積み上げられていく、一人の医者と謎の女性の物語。研究にとりつかれた男の最後の結末が、その語り口の静けさと共に冷たく描かれる。温度の低い文体と、研究された事実を積み上げた語り口から情報が一冊通してもはっきりしない雪女の奇怪さがあいまって、圧倒的な実在感と幻想を両立させている。

 雪女とは何かという考察も、それを追いかけて浮かび上がる奇怪な正体、そしてあの結末。最後の文章はどこかロマンティックで、果たしてそれがなんだったのか明かさない余韻が冷たい物語の中に残る。傑作。